《天井の建築》
建築の空間は、床と壁と天井で囲われています。
重力に抵抗する床は人が必ず触れている部位であり、直接の触感や耐久性が求められる部位です。バリヤフリー上段差を設けることが少なくなった現代の住まいでは、床への制約は多いものかもしれません。
風雨寒暖や外敵から内を守る壁は、窓の外に広がる景色の額縁であり、絵や花を飾る背景であります。必要以上に自己主張せず控えめに、しかし内外を隔てるものとして確固とある存在でしょうか。
それに対して天井は、その下に覆われた空間の性格を左右する有用な部位でありながら、構造的な制約も離れ自由度の高い存在です。
多くの人々は間取り図では床の様子を見、実際の空間では壁に目が行きがちで、ともすると天井のありようは見過ごされがちかもしれません。
国宝茶室待庵の天井の図面をご覧になったことがありますでしょうか?待庵は、2帖の極小空間に無限の拡がりを込めた小宇宙です。薄暗がりの中、塗り込められた荒壁と節の立つ木材の意匠が印象深い空間ですが、このわずか2帖の天井は仕上げも高さも実に変化に富み、その図面は美しい抽象絵画のようです。今回の計画ではこの待庵に倣い、天井の建築を試みました。
吹き放しのアプローチは上り梁をあらわした大らかなつくりです。
内に入った玄関は気品ある空間として高さも抑え、杉中杢板の竿縁天井とし、猿頬の竿縁は吹き寄せとしました。
現代風の和室では竿を省きニュートラルな柾目の杉板に真鍮の目地棒を埋め込みました。
中庭を囲む居間と食堂では、低く抑えた無地の天井が二室を繋ぎ、居間では梁をあらわしとした水平天井と勾配天井とが直交しています。庭側を居間からの連続で低く抑えた食堂では反対の北側を吹抜とし、中央のあらわしの梁の下が食卓です。
落ち着きを求めた寝室では杉柾目板と同じ向きに吹き寄せの竿と真鍮の目地棒を交互に配し、枕元側は間接照明を組み込んだ無地の高天井としました。
これらの天井がその下で日々に営まれる暮らしに彩りを添えるものであるよう願っています。